まえがき
社会恐怖。多くの人にとって聞き慣れないことばです。しかし、アガリ、赤面、赤面恐怖、吃音、視線恐怖、対人恐怖といえば、多くの人に「なじみのある」問題であるかもしれません。こうした問題を抱えている人は、その生涯有病率(すべての人が一生涯の間にどこかで問題をもってしまう割合)が3〜13%であるといわれています。この数値は決して小さいものではありません。電車に乗れば、各駅の看板に「アガリ、赤面は治る」といった看板を見かけるはど、問題は身近なものであるのかもしれません。
本書は、そうした社会恐怖の概念について、理論とその治療の実際を最新の知見にもとづいてまとめたものです。
本書のテーマである社会恐怖をはじめとして、さまざまな問題を抱えているとき、人はとても強い心配や不安を感じるものです。しかし、そうした心配や不安は、いったい自分がどのような状態にあるかが理解できず、これから先自分はどうなるのだろうという思いに駆られる時に抱くものかもしれません。実際、自分がどのような問題を抱えており、これから先、もし自分にとって嫌なことが起こったとしても、どのようにすればよいかということが十分に理解されていたならば、そうした心配や不安はどこかに飛んでいってしまいます。また、薬を飲むにしても、適切な処方がされたならば、その効果には大きなものが期待されます。つまり、心理社会的な不適応は改善・治癒される可能性が大きいのです。旧態然とした、効果があるかどうかわからない心理療法に頼るのではなく、最新の知識と技術に裏づけられた情報を提供し、最新の治療法について啓蒙するとともに、そうした問題に悩む人たちへの適切な援助の方法について示唆を与えるということが、本書を執筆したメンバーの願いであるといえます。
本書をご執筆いただいた先生方は、いずれも社会恐怖の問題に対して、それぞれの専門の立場から理解を示し、問題改善のための方策を提唱してこられた、あるいは、最新の治療や相談を実践されてきた方々です。読者の皆さんには、きっと社会恐怖に関する最新の情報が手に入ることと確信しています。
本書は、不安・抑うつ臨床研究会の編集によるガイドブックシリーズの第6冊目の書物ということになります。不安・抑うつ臨床研究会ではこれまで、パニック障害やうつ病、強迫性障害といった精神疾患や現代人の抱える心理社会的問題に関して、科学の進歩とともに私たちが手に入れることのできた最新の知識をわかりやすく解説し、同時に、そうした問題の解決の仕方に関し、最新の治療法について紹介することによって、それらの問題を抱えている人たちの生活の質の向上が図られることを願ってガイドブックを刊行してきました。
本書が、社会恐怖の問題の正しい理解を促進し、社会恐怖に悩む人たちにとって問題改善の光明となることを願ってやみません。
最後に、本書の刊行に際し、編集の労をお取りいただいた日本評論社編集部小川敏明氏には心より感謝申し上げます。
二〇〇〇年一月
坂野雄二
第1部 ◆社会恐怖を理解する
社会恐怖とは何か………………………………坂野雄二
社会恐怖の概念の成立…………………………大野裕
社会恐怖は日本人に特有か……………………山下格
不登校と社会恐怖………………………………小林正幸
統計に見る社会恐怖-社会恐怖の特徴……………宮前義和
社会恐怖の脳内機構……………………………貝谷久宣
社会恐怖の身体症状……………………………久保木富房
社会恐怖の心理学的理解………………………生和秀敏
社会恐怖の薬物療法……………………………樋口輝彦
社会恐怖の認知行動療法………………………原井宏明
社会恐怖を自己理解する………………………石川利江
第2部 ◆私の出会った患者さん
彼女にとっての「社会」
……………加藤忠史
髪や化粧で顔を隠す--人前で顔が赤くなる女性[赤面]
……………細谷紀江
人前で字を書くことができない[書痙]
……………多田幸司
人目が気になって仕事が手につかない
……………鈴木伸一
太っていると人から思われるのが怖い
………………福井至
人前に出るとトイレが近くて困るビジネスマン[頻尿]
……………坂野雄二
会社で適応できない
………………野村忍
自分の臭いが人に嫌な思いをさせている[自己臭恐怖]
……………加藤忠史
あっ! 目の位置がずれている[醜形恐怖]
……………坂元薫・福永貴子
パニック障害を伴った社会恐怖
……………竹内龍雄
人前でピアノを演奏するのが怖い[アガリ]
……………松原秀樹
パソコンの試験で不安発作を起こした女子短大生[アガリ]
……………岩舘憲幸
言葉がスムーズに出ない[吃音症]
……………嶋田洋徳
●筆者(執筆順)
坂野雄二(さかの・ゆうじ/認知行動療法)
早稲田大学人間科学部教授、心療内科・神経科赤坂クリニック
大野 裕(おおの・ゆたか/精神医学)
慶応義塾大学医学部講師
山下 格(やました・いたる/精神医学)
北海道大学名誉教授、北星学園大学教授
小林正幸(こばやし・まさゆき/教育臨床心理学)
東京学芸大学教育学部助教授
宮前義和(みやまえ・よしかず/臨床心理学)
香川大学教育学部附属教育実践総合センター講師
貝谷久宣(かいや・ひさのぶ/精神医学)
心療内科・神経科赤坂クリニック理事長、なごやメンタルクリニック院長
久保木冨房(くぼき・とみふさ/心療内科)
東京大学医学部教授
生和秀敏(せいわ・ひでとし/実験臨床心理学)
広島大学総合科学部教授
樋口輝彦(ひぐち・てるひこ/精神医学)
国立精神・神経センター国府台病院副院長
原井宏明(はらい・ひろあき/精神医学)
国立療養所菊池病院精神科医長
石川利江(いしかわ・りえ/臨床心理学)
長野県看護大学看護学部助教授
加藤忠史(かとう・ただふみ/精神医学)
東京大学医学部講師、心療内科・神経科赤板クリニック
細谷紀江(はそや・のりえ/臨床心理士)
学習院大学学生相談室、日比谷国際クリニック
多田幸司(ただ・こうじ/精神医学)
日本大学医学部講師
鈴木伸−(すずき・しんいち/認知行動療法)
綾瀬駅前診療所心療内科カウンセラー
福井 至(ふくい・いたる/臨床心理学)
北海道女子大学人間福祉学部助教授
野村 忍(のむら・しのぶ/心療内科)
東京大学医学部助教授
坂元 薫(さかもと・かおる/精神医学)
東京女子医科大学神経精神科助教授、心療内科・神経科赤坂クリニック
福永貴子(ふくなが・たかこ/精神医学)
東京女子医科大学第二病院心の医療科准講師
竹内龍雄(たけうち・たつお/精神医学)
帝京大学医学部教授、心療内科・神経科赤板クリニック
松原秀樹(まつばら・ひでき/行動臨床心理学)
日本赤十字広島看護大学教授
岩舘憲章(いわだて・のりゆき/臨床心理学)
東海女子短期大学教授、なごやメンタルクリニック
嶋田洋徳(しまだ・ひろのり/行動臨床心理学)
新潟大学人文学部助教授
不安・抑うつ臨床研究会
( Clinical Research Association for Anxiety & Depression : CRA )
不安症(不安障害)の患者さんは多いのですが、社会におけるこれらの障害への理解はなお不十分で、患者さんはどこに助力を求めたらよいか迷っているのが現状です。不安・抑うつ臨床研究会は、不安障害と感情障害についての臨床研究を行ない、治療を提供する人々と治療を受ける人々に最新の情報を提供し、この分野の医療水準を高めることを目的として、精神神経科、心療内科の専門医、および臨床心理士の有志によって設立されました(代表:貝谷久宣)。研究会の事務局は、心療内科・神経科赤坂クリニック(東京都港区赤板3−9−18 B.I.C.赤坂ビル6階 phone03-5575-8198:fax03-3584-3433)にあります。